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 【世界文化遺産・姫路城】         このブログは松寿会阪神地区会員の皆さんの情報交換・連絡用です。投稿にはIDとパスワードが必要、管理人までご連絡ください。


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江井島酒造 家系と家業その長い歴史

f0222687_9354849.jpg 街中2月例会は浜の播磨路を訪れます。テレビCMの「酒は神鷹、男は辛口」・神鷹の江井島酒造を訪ねるべくろいろ調べているうちに何と室町時代から今に続く卜部家の浮沈の歴史物語を発見した。現在の社長は七代目・卜部章(うらべあきら)氏だが・・・・。

 江井島酒造
 江戸時代、明石の西部地区の浜手は「灘」と呼ばれていました。良い湧き水と播磨平野の良質の米に恵まれた灘では、酒造りが必然のように盛んになり灘の酒として、その名声を博しました。 ところが東(神戸・灘)が全国的に知られるようになったことから、この地域を西灘と呼ぶようになったのです。西灘で酒造りが始まったのは、江戸時代初期のこと。土地の旧家だった卜部家の二代目卜部八兵衛のころからでした。

 江井島酒造の歴史
 「卜部家は、鎌倉時代の名著“徒然草”の作者である吉田 兼好の後裔です。ちなみに始祖は、平安時代初期・881年頃の伊豆出身の人物で平麻呂(ひらまろ)と申し、宮中で周易(亀の甲羅による占い)を司っていました。兼好は、この平麻呂から十四代目に当たります。兼好の息子・兼実(かねざね)は、戦乱の世を儚んで京都の嵯峨野に流浪していましたが、摂津守護職にあった赤松 円心より召し出され、その後、四世代にわたって赤松家に奉公していたのです」
赤松家を離れて武家を捨てた吉田 兼有は、この地で帰農した際、始祖・平麻呂以来の占術を由として「占」を「卜」と改め、卜部の姓を付けたと七代目・卜部 社長は解説します。
                              by地酒蔵元会

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 足利家系譜

 吉田家系譜
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by syojyu-hansin | 2012-01-30 06:33 | 街中散策会