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by syojyu-hansin

「街づくりのパナソニック」 ~「立地転換」戦略の勝算

 最近、新聞や雑誌では、「B to C(一般消費者向け)からB to Bへ(企業向け)」という表現が躍るようになった。つまり、立地(戦略市場)を転換する意味の「リ・ロケーション」が注目されているのだ。この経営戦略が成功すれば、同じ技術を活用しても、売る市場を変えることにより業績が大きく変わる可能性があるからだ。

 立地については、11月7日付日本経済新聞(朝刊)で開始された神戸大学の三品和広教授の連載「事業立地の戦略論」に詳しい。より深く学びたい読者は、同連載や三品氏の著書を読まれればいいだろう。今回は、この概念をより具体化する段階に入った日本企業の動きに注目してみた。

 そもそも、事業立地の重要性に気づいたのは、ハーバード・ビジネススクール(MBA=経営学修士)教授のローラン・クリステンセン氏やケネス・アンドリューズ氏であるが、どうも、最近、経営者たちから話を聞いていると、盛んに「立地転換」という言葉を使うので「三品先生の本を読まれたのでしょう」と振ると、この推察が当たっていることが多い。神戸大学名誉教授の加護野忠男氏は以前から「日本企業の特色として、独立した子会社のほうが親会社よりも大きくなってしまった事例が目立つ。親会社が子会社を取り込むのではなく、子会社に任せる経営が戦略上有効である」と説いている。

 例えば、重電機器メーカーの富士電機から分かれ、通信とコンピューターで急成長した富士通や工作機用CNC装置で世界首位のファナック、社名の通りセルロイドメーカーだった大日本セルロイド(現・ダイセル)から写真フイルム事業を引き継ぎ分離独立した富士フイルム(旧・富士写真フイルム)などが有名である。

 富士フイルムは、銀塩フィルムからデジタルへの移行と、それにより生じるフィルム需要の激減に危機感を募らせていた。その結果、電子部品、医療機器、化粧品、サプリメントといった新事業を立ち上げ成功している。つまり、これらの子会社の急成長も立地転換が成功した事例と見ることができる。

 逆にパナソニック電工や三洋電機を完全子会社化し、立地転換に社運を賭けているのがパナソニックの津賀一宏社長である。2019年3月期をめどに、新たに自動車関連で2兆円、住宅関連で2兆円との売上高目標を掲げ、「世界に類のないユニークな会社として復活できる」と新成長をけん引するコア事業として確立する考え。

●新しい発想と技術・サービスよる街づくり
 その構想をかたちにしたのが、神奈川県藤沢市の工場跡地で開発中のスマートシティー(環境配慮型都市)「Fujisawa サスティナブル・スマートタウン」(敷地:約19万平方メートル)だ。ICT(情報通信技術)を活用した警備や電気自動車(EV)のカーシェアリングを導入する。また医療や介護の一体型施設を設け、健康関連情報の一元管理サービスを提供する。14年秋には全面開業する予定。13年度から18年度にかけて、パナホームや三井不動産が建設する戸建住宅1000戸に関連する売上高で約270億円を見込む。売り上げ規模は小さいが、環境配慮型の街づくりを実際に手掛けてノウハウを構築し、他の案件につなげていく狙いがある。

 パナソニックは、18年の創業100周年に向けて、環境貢献と事業成長を両立する「環境革新企業」の実現を目指している。その一環としてパナソニックが事業主となり開発を進める「Fujisawa〜」は、人のくらしを起点としたサービスを中心に、それを実現する空間を設計し、最適なインフラを構築するという新しい発想とプロセスで街づくりを行うプロジェクト。

 この街では、5つのスマートライフ(エネルギー、セキュリティ、モビリティ、ヘルスケア、コミュニティ)にクラブサービス、ファイナンス、アセットマネジメントを加えた8つのスマートサービスを展開し、エコ&スマートを切り口にパナソニックならではのソリューションを提供するという。各戸に太陽光発電システムや蓄電池を設置し、街全体の消費電力の30%以上を再生可能エネルギーで賄う。

 太陽光発電用の太陽電池は、中国メーカーとの価格競争に巻き込まれ苦戦していたが、自社の住宅に設置し、燃料電池や他の節電機器を組み合わせることにより、活路を見いだそうとしている。

 蓄電池については、スマートフォンなどに使われる小型二次電池が、韓国メーカーとの間で繰り広げられた激しい価格競争の結果、競争力を失ったが、立地を変え、住宅にビルトインすることで、独自の市場を切り拓こうという戦略。つまり、買収した三洋電機の技術を、転換した立地で生かそうとしている。

 警備サービスは綜合警備保障(ALSOK)が担当する。人感センサー付きの発光ダイオード(LED)照明と50台の監視カメラを連動させて、不審者の侵入を検知する。また、夜道では人が歩く先を自動的に照明が照らす。警備大手の事業は、企業が主な顧客だったが、同業界首位企業のセコムが家庭に力を入れているように、他社も追随している。藤沢の事例は、立地転換の試金石といえよう。

 学研ホールディングスは、高齢者や子育て支援をテーマとする街区に高齢者住宅と保育所の複合型施設を建設し、15年秋に開業する。隣接の特別養護老人ホーム(特養)を含め、総事業費は20億円を超えるもよう。多世代が交流できる複合型施設の展開を加速する。同社の宮原博昭社長によると、「現在、学研の出版事業は全売上高の40%」しかないという。構造不況の出版業界から立地転換した事例だ。

●好立地でソニーは化けるか
 さて、パナソニックと、いつも比較されるのがソニー。一般消費者には、相変わらず電器量販店で肩を並べるAV機器メーカーのライバル同士、といまだに見られている。ところが、ソニーはオリンパスと資本業務提携して以降、着々と医療分野へ立地を転換しようとしている。オリンパスは過去の損失隠しで話題を呼んだが、もともと、高度な技術を有している企業。

 カメラでライバルのキヤノンやリコーが複写機をはじめとする事務機器へ、ニコンが半導体製造装置へと立地を転換し成功を収めたが、オリンパスは内視鏡で医療分野に活路を見いだした。内視鏡市場は大きな市場ではないが、同社は世界で約70%のシェアを占めている。

 これらのカメラメーカーはいずれも、カメラで培った光学技術を使い、新たな立地で高い地位を築いた。同じ技術を使っても、価格競争の波に巻き込まれ、1万円以下で売られているデジカメとは比べ物にならないほど立地条件が良い。

 何よりも、医療市場のおいしさは安定性と高収益性にある。ある時はオリンパスのデジカメ、今度はソニーのデジカメといった具合に、頻繁に買い替える一般消費者ほど医師たちは浮気者ではない。医学生時代にオリンパスの内視鏡操作を学んだ医師は、一生、オリンパス製品を使い続ける人が多い。また、複写機やプリンターがトナーという消耗品が大きな収益を生むのと同様、内視鏡に使われる付属機器は高い利益率が期待できる。

 このように、すでに稼いでいる事業(製品)で用いている知恵(技術)を立地転換先で活用することで、より高い利益率を実現することができる。この戦略こそが、高コスト体質になった日本企業の経営にとってはより現実的な競争力強化策といえよう。

 すでにソニーは、マイクロニクス社などの海外企業を買収し、12年以来、iPS細胞などの再生医療やがんなどの研究用に細胞を測定する装置「フローサイトメーター」の出荷を開始し、医療分野を強化し始めていた。さらに、13年4月には、オリンパスとの医療事業合弁会社として、「ソニー・オリンパスメディカルソリューションズ」を設立したことを契機に新たな好立地を模索している。

 ソニーは映像やエレクトロニクス分野の技術を生かして、80年代より手術室や検査室で使用するモニターやプリンター、カメラを提供することで医療分野と関わってきた。例えばCT(コンピューター断層撮影)検査やMRI(磁気共鳴画像診断)検査の結果を画面へと出力する役割を、AV機器で培ってきた映像技術が担っている。また、内視鏡手術をはじめとする外科医療においては、手術を行う部位(術部)をモニターに拡大表示することで医師をサポートしてきた。

 ハイビジョン映像の4倍以上の解像度で精密に患部を表示する4K技術や、正確な奥行きを把握できる3D映像技術を活用した革新的な外科イメージング機器の開発も進めている。高精細なハイビジョンや3D映像の登場と、技術の進化とともに映像技術と医療の関わりは年々深まりつつある。

 内視鏡手術では医師が術部を肉眼で確認するのではなく、数センチの穴から挿入した内視鏡で体の内部をリアルタイムで撮影し、その映像を見ながら手術を行う。細部までくっきりと見える明るく精細な映像は、医師の執刀に必要不可欠なもの。また、高い精度で奥行きを把握できる3D映像は、術部の様子を正確な立体感をもって把握することができ、手術精度の向上に役立つ。

 このようなソニーのAV技術とオリンパスが持つ内視鏡技術をドッキングすることで未来を拓こうというのが、両社が手を組んだ真の狙いである。

●崩れる既成概念
 ところで、今や日本の家電技術は、国内外の消費者から冷ややかな目で見られており、「もう4Kなんていらない。今の解像度で十分。斬新な技術として鳴り物入りで発売した3Dテレビも、さっぱり売れなかったではないか」といった声が聞かれる。再び、クリステンセン氏がいうところの破壊的イノベーションの犠牲者になる危険性を秘めている。

 ソニーは家電メーカーという既成概念で見ると、そのような声にも耳を傾けなくてはならないが、「稼げる場」として医療分野にこれまででは考えられないほど力を入れようとしている現実を直視してみると、同社に対する見方を変えなくてはならないのではないか。ただ、今のところ、ソニーは、医療で目をひくような実績を上げたわけではないので、パナソニック電工が持っている技術と市場をそのまま使えるパナソニックのほうに、食い扶持を稼ぐ力あり、と市場は軍配を上げているのだろう。ただし、それは現時点の近視眼的見方であり、ソニーはこれからどう化けるかわからない。

 イノベーションと、いうとまったくこれまでになかった製品を生み出すことだと考えられがちだが、決してそうではない。現在ある技術・ノウハウを応用・改良し、いかに違う市場に生かすかという知恵が、付加価値の高い市場へ立地転換を図る上では重要である。

 前出の三品教授は、歴史に残る発明を取り上げて、一からやり直す「リ・インベンション」を提唱している。これには、技術力以上に個人に宿る構想力を要する。意外にもアップルのヒット商品には、この「リ・インベンション」型のものが多い。日本企業からはイノベーションが生まれない、と嘆くよりも、お蔵になっている知に光を当て、斬新な構想のもとに、新製品やビジネスシステムを考えることが大切なのではないだろうか。
(文=長田貴仁)
by syojyu-hansin | 2013-11-18 19:44 | パナソニック