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 【世界文化遺産・姫路城】         このブログは松寿会阪神地区会員の皆さんの情報交換・連絡用です。投稿にはIDとパスワードが必要、管理人までご連絡ください。


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伝説の商社の残光を追う 鈴木商店 2015/2/20付 日経新聞

 流石は地元阪神地区OB会、2月例会で訪れる鈴木商店でいろいろと情報が寄せられている。街中会員畑さんから日経新聞の記事と友人経由で貴重な「鈴木商店物語」の提供頂けた。特に小冊子は今では販売されておらず神戸中央図書館にわずか1冊の蔵書あるのみで大変貴重なものです。会員の皆さんには例会の当日配布させて頂きたい考えています。
 尚今例会の企画にあったっては鈴木商店記念館小宮山さんから大変親切に御指導頂きました。お二人に感謝、感謝。

f0222687_995740.jpg近代製造業の礎築く、「鈴木商店」の史跡を求めて 
 鈴木商店をご存じか。どこの鈴木さんのお店と聞かれそうだが、第1次世界大戦中の1917年(大正6年)には売上高が国民総生産(GNP)の10%に達し、三井物産を抜いて日本一となった総合商社だ。しかし翌18年の米騒動では米の買い占めを噂され、神戸市の本店や社員寮を焼き打ちされた。27年の昭和金融恐慌ではついに破綻。そんな幻の商社に郷愁のような思いを抱いている。

 日本の総合商社の源流
 日本の総合商社の源流ともいえる伝説的企業への私の傾倒ぶりは半端ではない。鈴木商店ゆかりの地を歩き、関係者を訪ね回ったのに加え、2014年には「鈴木商店記念館」を建立した。ハコモノを建てる財力はない。愛好家や企業の協賛で開いた専門のウェブサイトのことである。

 07年、双日の秘書部に配属されたのが、鈴木商店に興味を持ったきっかけだ。ニチメンと日商岩井が合併して双日となり、攻めの経営に転じようという時期で、重要な法人顧客のリストを作る仕事を任された。その顧客の多くが、かつて存在した鈴木商店を源流としていることにまず驚いた。神戸製鋼所、帝人、太陽鉱工、日本製粉などだ。双日も前身の日商岩井のさらに前身の日商が鈴木商店を引き継いでいた。

 双日の社員でさえ鈴木商店をよく知らない。私も関心がなかった。かつての破綻企業について知識を深めても、日々のビジネスには何の役にも立たないと思っていた。

 知らないと商談できず
 実際は違った。最初に飛び込んだのが辰巳会。鈴木商店のOBが集う親睦会だ。先代が破綻の憂き目に遭った後、そのOBたちの2世、3世の「遺族会」という意味合いでも続いている。そこで年配の方々が頻繁に口にするのが、いかに鈴木商店が偉大な新興財閥だったかという話だ。こりゃ鈴木商店を知らなければ商談もできないな。若輩ながらそう実感した。

 調べてみると、製造業を中心にいくつも会社を興し、買収していったのが鈴木商店だと分かった。金融業が中心の他の財閥と異なり、もの作り大国の礎を築いた財閥なのだ。製糖、樟脳(しょうのう)、紡績、鉄鋼、造船と、日本経済の推進力となるメーカーを擁した。ただ、有力な系列銀行を持たず、台湾銀行からの融資に頼りすぎたことが、後の金融恐慌時に命取りとなった。

 創業家の鈴木よね夫人の下、大番頭の金子直吉は、台湾総督府民政長官の後藤新平と交渉して台湾樟脳油の販売権を取得。製鋼や紡績の企業を買収し、「煙突男」の異名をとる。第1次大戦時にはロンドン支店長の高畑誠一に命じて鉄の投機的買い付けを行った。

 金子は丁稚(でっち)奉公の時期、外国商館から屈辱的待遇を受け、日本の地位の低さを痛感。そこから国益重視の商魂が芽生える。金子の考えを知り、国とともに成長する企業のイメージが湧いた。先人がビジネスを通じて日本の発展にどれだけ貢献したか。そんな先人を持つ自分の会社に急に誇りを抱くようになった。社員の士気が上がる。人事研修にも役立つはずだ。

 ロマン漂うレンガ建築
 辰巳会で知り合った有志とともに「6人組」を結成し、鈴木商店記念館構想を始動させた。産業文化史ともいえる知識を一般に広める活動だ。
 09年に北九州市の大里を訪れたのは印象深い。製粉や酒精の工場があった地区だ。同市建築都市局の建築部長さんが、レンガ造りの建造物が残っている場所を案内してくれた。大正時代に入り込んだかのような西洋趣味のレンガ建築を目にして感動した。13年には北九州市門司麦酒煉瓦館を訪ね、館長さんから大里の建築とその歴史について詳しく聞いた。
 兵庫県相生市には素晴らしい旧社宅街がある。第1次大戦時の絶頂期に建設された築100年近い木造2階建ての社宅群だが、今も人が住んでいる。相生には傘下の播磨造船所の海上運動会として始まった「ペーロン競漕(きょうそう)」という祭りもある。
 1カ所訪ねると4人以上は仲間の輪が広がる。北海道の羽幌炭砿に行った時には、羽幌町の方々が横断幕を広げて歓迎してくれた。仲間が増えると、全国各地から様々な史料が寄せられるようになり、史跡巡りの楽しみ方も充実してくる。
 私は現在エコノミストだ。景気分析に幻の商社は役立たないと言われそうだが、鈴木商店は私を魅了し続ける。史跡の一つでも訪ねてほしい。近代日本の壮大なロマンに胸を打たれるはずだ。

(こばやし・まさゆき=双日総合研究所主任研究員)
by syojyu-hansin | 2015-02-21 09:16 | 街中散策会